そんなわけで『ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて』をクリアし、物語の余韻にひたっているところです。(以下、DQ11と表記)

3DSでの発売は『ドラゴンクエストIX 星空の守り人』(DQ9)以来となりましたが、今回はPS4と3DSの2機種での同時発売で、さらにNintendo Switchでも後日発売という異例づくしの展開でも話題です。

(以下、未プレイの方やクリア前の方に最大限配慮しつつ、続けます。ドラクエ関連のリンクはすべて公式サイト)

DQ11はゲームをプレイしていることを忘れて、物語を楽しめる

DQ11プレイ中からずっと感じていたことですが、今作は「物語がとても良い」ということです。
理由ははっきりしていて「主人公や仲間を始めとして登場人物のことがいつも以上によく描かれている」から。

これまでもドラゴンクエストシリーズは物語は良く、そしてマニアには他作品との繋がりなど、奥深い要素を楽しむための仕掛けもあるのですが、(ライトなユーザーの僕としては)「あくまでゲームのための物語」という感じがしていました。

DQ11は、ゲームをプレイしているにも関わらず、物語を楽しめるように作られていて、多少おおげさにいえば「小説・映画・演劇のような作品と同等に物語を楽しめる」のです。

「RPG(ロールプレイングゲーム)」はストーリーを楽しめるゲーム形式ではありますが、とはいえ、「ADV(アドベンチャーゲーム)」ほどストーリーのみを追うわけでもないため、いきおい、RPGとしてのゲーム性とのバランスで、物語の部分は置き去りにされてしまう部分があるかと思います。

しかし、DQ11はそのゲーム性とストーリーのバランスを見事に調和させています。

圧倒的な親切設計のゲームシステムが物語を楽しませてくれる

ドラゴンクエストシリーズは、ゲームシステムにおいてもとても親切設計なことで有名ですが、DQ11は本当にストレスなく進めていくことができます。

シリーズ共通の要素として「全滅してもゲームオーバーにならない」というのがありますが、そのような土台のうえに、さらなる親切要素が随所に見られました。

冒険の書というセーブデータを3つまでもてますが、普通にプレイする分には「ひとつあれば充分」と感じます。「失敗したからあのときまで戻りたい」ということがほとんどありません。

特徴的なのが「スキルパネル」という今作のスキルシステム。
個人的にこのような、各プレイヤーが得られる能力を選択するシステムが楽しめません。というのも、先々がわからないのに「今どれか選べ」と言われても困ってしまうのです。(ホイミとルーラやリレミトのどちらかの魔法しか取得できないと、もし言われたら困る感じ)
このへんはゲーム側で勝手に成長していってくれると助かります。

最終的にすべてのスキルを得られるのであれば別ですが、ドラクエの場合、クリア後にやりこむことができるようにクリア時点までに最強になるというわけではありません。魔法のように勝手に覚えていってくれるととても助かるのですが(笑)

そんなスキルシステムですが、今回はスキルポイントの振りなおしが可能(スキルリセット)なため、僕のように優柔不断で慎重というより臆病なタイプにはとくにありがたいです。
(そして一度もスキルリセットしないでクリアしたのですが・・・)

今作で導入された「ゾーン」と「れんけい」についても同様です。
敵の攻撃をうけたりするとゾーン状態になり各メンバーの能力が(一定期間 ≒ 一定のターン数)アップするのですが、プレイできるメンバーが5人以上となり、直接には敵と相対しない後列に、戦闘中のメンバーをさげた場合も、ゾーンの状態は保持されます。
また、複数のメンバーがゾーンの状態に入ると「れんけい(連携)」して特殊な能力を使えるようになるのですが、主人公や仲間の能力(すばやさ)にかかわらず、ターンの先頭で能力を使えるため、「せっかくれんけいできるようになったのに使いそびれた」ということがありません。

後列のメンバーのゾーン状態が保持されることとあわせると、メンバーを入れ替えながらプレイすることでかなり柔軟にれんけいを使えるのです。
また、DQ11はメンバー全員のHPを一度に回復できるお馴染みの呪文「ベホマラー」をはじめとした回復呪文(回復特技含む)は、後列のメンバーのHPも回復させます。(ただしベホイミやザオリクなどひとりに効く呪文は戦闘中のメンバーのみしか選択できません)

ゲーム終盤では3人以上のメンバーが全体回復の能力をもった状態でプレイできますので、HPについてはあまり気にすることなくダンジョンを攻略しにいけます。
死を意識することがなくなるというのは物語を楽しむうえでとても重要で、前述した「ゲームオーバーにならないゲームシステム」とあわせると、プレイ中のストレスがほとんどなく、冒険の世界に没頭できます。
物語に入り込んで「3回泣いた」という友人がいますが、それだけ没入できるのも分かる気がします。

人間の弱いところと立ち向かう登場人物たち

そんな親切設計のゲームシステムに支えられ、DQ11の物語は「ひと」を中心に進んでいきます。

冒頭、勇者の子でありながら辺境の村で育った主人公が母の手紙に従ってデルカダール王のもとへ行くと、「悪魔の子」と言われ囚われます。
ストーリー | ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて 公式サイトより)

その後の冒険で、複数のなかまと出会うのですが、誰しもが「ひととの関わりで」何かしらの事情を抱えています。
とくに主人公は国王に逆らっているわけで、途中なんどかデルカダールの兵士とも遭遇しますし、これまでのドラゴンクエストシリーズの「ひと」対「魔物」という構図とはすこし毛色が違います。

これは推測ですが、この「ひと」対「ひと」の構図はこれまでのシリーズではあえて避けてきたのではないかなと思いました。(全作をプレイしているわけでもないうえに、これまでの作品の物語を覚えてないくらいには世界に浸らずにプレイしてきているので間違っているかもしれませんが、すくなくともあらすじレベルでこのような構図を打ち出してはいない気がします)

この構図には賛否両論が容易に予想されますが、それを補ってあまりあるほどのストーリー展開が待っています。
プレイに影響しない範囲で少しだけネタバレすると、主人公は勇者の能力で、過去の情景が見えたり、場合によってはその世界を少しだけ体験することが何度かありました。
それにより、主人公およびなかまたちのことを、より深く理解することができるのです。
生きていて誰しも経験する何かしらの後悔など、人間の弱さや避けたい気持ちを抱えていることもあります。

プレイヤーの目的は「ゲームをクリアすること」ですから、物語の部分はどうしても「読み飛ばしたくなる」要素ですが、今回はクリアを意識しすぎて物語から距離を置くのはもったいないとすら思えます。
数年前にプレイしたDQ9のときと比べると、その物語性と、物語を楽しむための仕掛け(ゲームシステム)の部分が段違いに良くなりました。
DQ9と同様、物語はほぼ一直線に進んでいきます。が、DQ9のときと違って「なんか一本道を進んでるなあ」という感覚は、いっさいありませんでした。

「次はどこへいく」というのは明確なのでプレイ中に迷うことはないのですが、いっぽうで「次の場所では何がある」というのは、かなりじょうずに隠されています。
これにより「冒険している感」がとても心地よいのです。わくわくが続いていった先に物語がある感じ。

物語を読み進めていくという意味で小説のようで、ファンタジーな世界感が映画を見ているようで、仲間と冒険している感じが目の前で繰り広げられている演劇のようでもあるのです。

控えめに言って最高かよと思いました。

いろいろあってラスボスを2度倒すことになり2時間ほど余計にプレイしましたが、総プレイ時間は約80時間ということで、10日間やりきりました。社会人とは思えません。経営者とは思えま(ry

というわけで仕事をほったらかしてしまい申し訳ありません m(_ _)m

現実に還ります。「主人公はルーラを唱えた!」 ←帰れなそう



(余計な追記)
主人公の名前を「こえど」にしようとしたら、「濁音込み6文字までつけられる」ということで3文字あまってたので、ふざけて「りあん」をつけてみたら大正解。シルビアから「こえどりあんちゃん」と呼ばれるたびにニヤニヤできて、良かった(笑)