池袋はシアターグリーン BIG TREE THEATER で行われた、朗読パンダ 第6回公演「Reading Revolution」を観てきました。

わたしの運営するコワーキングスペース茅場町 Co-Edoでは役者・声優の交流コミュニティ #アクターズフール が開かれていて、そこに来てくれた方々も多数出演している舞台です。
毎回Wキャストで行われますが、1年前の公演では片方のキャストのみを鑑賞したところ、その後反対キャストの方々とアクターズフールでお話する機会があって、両方見なかったことを後悔したものです。

というわけで今回は両チームとも観ました。(10月6日のジュルネとソワレ)
結論からいうととても満足し、こんな連続ツイートをしました。
https://twitter.com/ktanaka/status/1048514724957044737

朗読パンダは3本のショートストーリーからなる舞台です。
今回はDVD等の映像にならないそうなので、1作ずつ感想を書いていきたいと思います。


## VSR 牡丹灯籠

1本目は「VSR 牡丹灯籠」
落語の「牡丹灯籠」を、スクリーンに映し出す映像と音楽を使って朗読を行う "ビジュアル・サウンド・リーディング" と名付けた表現手法で紡ぐ作品。
朗読だけでも想像力を使って世界に入り込むことはできるものの、VSRの形式にすることでより深く、そして分かりやすく物語を楽しむことができる。耳だけの情報で物語を理解しようとすると、集中力を切らすと途端に世界から抜け出てしまうこともあるので、この形式はすべての朗読劇が取り入れると良いと思う。
もともとは22章からなる長編だそうで、お札はがしまでの12章分をテンポよく、怖いところも笑えるところも交えて、飽きさせない構成であっという間な30分。そして演者の朗読がとても心地よく耳に入ってくる。完成度という意味では3本中もっともまとまった1作だったのではないかと思う。

ちなみにこの作品、大長編の原作を30分のVSR形式の舞台に脚色していますが、脚本の大部分をCo-Edoで執筆したそう。
インターネットが使えて終日作業ができ、フリードリンクもついて1日1,000円。お得なスペースです(宣伝)


## 真面目報道番組にゅ~っス!

2本目は「真面目報道番組にゅ~っス!」
Co-Edoのスタッフもしてくれている逢莉ちゃんも主要な役で出演している作品。
昨年第5回公演で評価の高かった「義経千本ノック」の緩い続編とのこと。前作と一部設定を共有しているものの、お話自体は独立しているため、前作を知らなくても充分に楽しめたはず。前作を知らないと笑えないようなシーンは存在しない。
前作は過疎に悩む富田村で発見された10分の無声映画に村のメンバーで生アテレコをするのが見せどころだったが、今作では複数のニュース映像をふんだんに使って、全編を通してアテレコ満載、見せどころ満載の内容に。
キー局の報道番組のメインキャスターは、自分の夢を叶えるために上京した富田村の前村長、(前作でアテレコで活躍した)村役場の職員があとを託され現村長になったという設定。番組内のコーナーで、地方局が富田村を紹介するのだけど、地方をバカにする内容にキー局が勝手に改変して放送してしまう。生放送のさなか、内容に憤る村長およびそれに賛同するひとたちと、視聴者のために番組を進めようとキー局側の意向を汲んで自らの出身地を助けられないもどかしさを隠しながら非情に進行を進める元村長のキャスター。
物語は虚構新聞よろしく現実にはありえないニュースを真面目に紹介していき笑いどころ満載な内容。観客は徹頭徹尾何も考えずに楽しめる作品。まさに出演者の力量あってのコメディ。

なのだけど。
ニュース実況時のおふざけのセリフに混じって、さらっと流れていくそれぞれの立場を象徴するセリフの数々。「未来へ続いている」「今が充実していることが大切」「歴史は回る」「最後はもとに戻る」「諦めてはいけない」「戻るべきところがある」これらはすべて新体操の実況中に発せられるのだけど、夢を持って村を出た前村長、村長についてキャスターになったものの地方局への左遷をきっかけに村長からも卒業するキャスター、前村長の心を取り戻そうとする芸人、立場的に迷いのあるメインキャスターに対し自分の覚悟を伝えるキャスターの実況セリフ。
それぞれの葛藤を描きつつも、それらを観客に感じさせる暇もないほどのスピードで物語は笑いとともに終了していく。
もしかしたらこの葛藤自体が伏線となって次なる作品へ続いていくのかも?

ちなみにこの作品中、いくつかニュース映像が出てくるのだけど、そのいくつかはCo-Edoのセミナールームを使って撮影された。干した蛇を魚だと偽って販売した会社の社長の謝罪映像など。
Co-Edoには1時間1万円でプロジェクターやマイク等すべての設備が使える最大75名収容のセミナールームがあります。とってもお得な貸し会議室です(宣伝)



## 鎌倉モアレ

3本目は「鎌倉モアレ」
朗読パンダの最後といえば、涙腺を刺激してくる朗読要素の少ない通常の演劇作品。
終盤になるにつれ、だんだん朗読しなくなるといわれる朗読パンダですが、この作品も含め要所で朗読が使われるのが山本演出の特徴。本作でも主人公のふたりは出会い系アプリで交換日記(メール?)をしているのだけど、第4回公演の「太陽に意志はない」と同様、リアルに会話するシーンは台本を持たない通常芝居で、メール等でコミュニケーションをとっているシーンは舞台後方で朗読が行われる。
そして本作では、その設定自体を使った物語の序盤を面白くする仕掛けがあって、まずそこにやられた。メールをしていたひとが「このひとだったの!?」という具合に判明するのだけど、おそらく朗読パンダを何度も見ているひとほど、より楽しめたのではないだろうか。VSRが表現手法として作品を面白くしているとすれば、鎌倉モアレは間違いなく「演出」が物語を面白くしている。

男性側の主人公はバイトをしながら定時制高校に通う25歳の写真家志望の青年。決してイケメンキャラではないのだけど、その彼がイケメンに見えてくるのが朗読パンダ。彼を慕う幼馴染と彼女を好きなイケメン。三角関係の様相を呈しつつ、すんなりとはいかないのがこの作品。イケメンが報われるとは限らないのも朗読パンダ。
アドリブをふんだんに織り交ぜた役がいくつかあるのだけど、とてもうまくはまっていた。主役はもとより、スキルのある役者が脇を固めていて安心して楽しめる作品だったと思う。
鎌倉を中心とした写真が何枚も舞台上に映し出され、他の作品同様映像が物語に絡んだ一作。今回は3本を通して映像の使い方が素敵でした。

ちなみにこの作品だけは一切Co-Edoが絡んでない。次回は舞台をCo-Edoのある茅場町にしてはどうか。
隅田川の向こうに見える高層マンション群。ニューヨークもといチューオークの景色も、鎌倉に負けてない……はず…



## ブリッジ映像

朗読パンダの公演では、1作1作の間にコマーシャルよろしく短い映像が挟み込まれる。スタイルの違う作品に切り替わる前のリセット的な位置付けだと思う。
いつも趣向を凝らした作りになっているのだけど、今回は特に良かった!

パンダのキャラクターが出てきて作品紹介をしていたのだけど、やんわりとスパイスをふりかけるかのごとくコメントの内容がそれぞれの作品の楽しみを増やしていた。
毎回このスタイルが良いのではないかと。



## たのしみな次回公演

そして次回公演の予告が最後に。
2019年8月、池袋は 東京芸術劇場 シアターウエスト Theatre West にて!

ジュルネ鑑賞後に ↓ のようなツイートをしたのだけど


朗読エンターテイメントというスタイルをより深掘りし、進化させた次回作になるとしたら、本当に見逃せません。

朗読パンダを観ていると未完成の良さというのもあるなあと。
進化を続ける朗読パンダ。
いまから2019年8月の公演が楽しみです。

お久しぶりに kohji.blog で記事を書いてます。
いまだに独自ドメインについてはhttpsでのアクセスができないというのはどうなんですかね。
デザインを変えたらいけるかなと思いましたがだめでした。残念。
対応方法あるよというかたいらっしゃいましたら、教えてください。

さて本日はタイトルの通り「2階建て構造」の話です。

2階建て構造の意見や、2階建て構造の議論、についての話といったほうが分かりやすいでしょうか。
意見や議論が食い違うとき、しばしば、主張が1階部分と2階部分ですれ違っているということがあります。

2階部分の議論をしたいのに、相手が1階部分の議論をしているため、話が噛み合わないという感じです。

1階部分とは一般論と言い換えても良いかもしれません。たとえば
  • 一般論としては答えはある程度でているけど、今したいのはそれを前提としたその先の話
  • 一般論としては正しいけど、今話題にしている個別の案件については別の対応が必要な話
のような感じです。

たとえばWebの世界では「IDパスワードを使って、個人を識別する(認証する)」「パスワードは暗号化(ハッシュ化)されて保存されていないといけない」「とはいえ暗号化されずに保存されたサイトはあり、しばしば漏洩する」「そのためパスワードは他のサイトと共通のものを使ってはいけない」というときに、ではどのようにユーザーがIDパスワードを管理すればよいかというと「パスワード管理ソフトを使用する」というのが一般的な意見となります。
5つくらいのパスワードをサイトに応じて使い分けたりするのは良くないし、共通のルールでサイトごとに別々のパスワードにしようとしてもそのルール通りにパスワードが設定できなくて破綻したりします。現在はブラウザやOSがパスワード管理をしてくれるものもあり、多くの人がパスワードを暗記するということをしていないのではないでしょうか。

上記の例で、仮に「すべてのサイトのパスワードを覚えることは不可能だ!」という意見があり、1階部分の議論とは「パスワード管理ソフトを使おう」という結論に繋がるような議論(話し合い)ということになります。
それなりに知識があったり、すでにそのことについて考えている人であれば自明の結論があるものを、ここでは1階部分の議論と呼ぶものとします。

それに対し2階部分の議論では、セキュリティの専門家が「すべてのサイトのパスワードを覚えることは不可能だ!」といい、その後、メールによる認証の話になったり、WebAuthnという認証のプロトコルの話になり、その過程では「パスワード管理ソフトを使って認証するのはありえない」という意見も出てくるのではないかと思います。

1階部分の議論しかできない場合、この「パスワード管理ソフトを使って認証するのはありえない」という意見は奇妙に聞こえるはずですし、この人はセキュリティについて何も分かってない素人だ、ということになるかもしれません。

しかし実態としては、2階建て部分の議論をしている人にしたら「パスワードというものは本来記憶するものであり、パスワード管理ソフトを使わないと扱えないIDパスワードを使って個人を認証しようということはあるべき姿ではない」という意見になるでしょう。

さて、ここでは2階建て構造について理解してもらうための例示でしたので、パスワードの件はこれで終了します。(異論はあるでしょうがあくまでたとえ話です)

分類すると
  • 1階部分の結論をまだ導けていないひと
  • 1階部分の結論は分かっているが、2階部分があることに気づいていないひと
  • 2階部分があることに気づいているひと
ということになります。ここで2階部分については、不確定要素もあり、最終的にどのように結論付けるかはそのひとの知識や価値観によってかわってくるものとしましょう。


このときあなたが、2階部分の議論をしようとしていたとします。しかし相手はまだ2階部分があるということが分かっていません。この場合、2階部分があることが気づいている人のみが、その状態を解消することができます。
  1. 2階部分の存在を教え、相手を2階部分に引き上げる
  2. 1階部分に降りていき、2階部分の議論をしない
このどちらかとなります。
普段の日常的な会話では、後者が選択されます。
2階部分の話だと相手が認識できなかったとき、その状況で前者のように相手を誘導することは困難なことが多いです。

しかしながら、仕事であったり、その他特殊な状況のときは、その困難な作業が必要になることもあるため、しばしばお互いがストレスを感じる状況が生まれます。


先日のある話し合いがまさにそれでした。
いつもの利用者との会話であれば、相手に合わせて会話の方向性を変えていくのですが、そのときは事情があってそういうことをしても意味がなかったため、2階部分の話をしているということを、様々な表現を使って行ったのですができませんでした。

他の話題であっても相手は1階部分の結論で諭してこようとしていたことから、後々よくよく考えた結果「そのひとの周りに1階部分の結論を出せていない人が多く、いつも1階部分の結論を導こうとしている」ということだったのではないかと思います。

わたしが運営しているCo-Edoはコワーキングスペースですから、ほんとうに様々なひとが訪れます。
それで自然と身についたのが、この、積極的に2階部分の疑問をぶつけていくというスタイルです。日常的にすることで、その人の価値観がほんとうによく分かってくるのです。


1階部分にいる場合、なかなか2階部分があること自体を認識できません。
そのため、2階部分の質問をしても、2階部分の意見を伝えてくれるひとと、1階部分の(自明な)答えを伝えてくるひとといて、後者の人のなかには知識のない相手を見下すひとが少なからずいるのです。

できるひとは間違いなく、1階部分の話のときは1階部分に降りて話をし、2階部分の話のときは相手の知識レベルを確認しながら自分の考えを伝えるということをします。(このとき相手を見下すということは絶対にありません)


先日、コワーキング界隈の運営者や利用者が集まって、コワーキング利用時のセキュリティについて話をするイベントをしました。
このときとてもよい話ができたなあと感じたのは、いま振り返ると、1階部分と2階部分というのを明確に分けて話ができたからかもしれないと気づいたのです。


もし仕事やその他のシーンで、話し合いがすれ違ったときに、この2階建て構造を意識するとうまくいくことも増えてくるかもしれませんね。

そんなわけでわたしが「会社名変えられましたよね?」と言われて、Co-Edoの正式名称を変更したことをすっかり忘れて「会社名?変えてませんよ。他の会社じゃないですか?」とすっとぼけた受け答えをしてしまった田中弘治です。


「コワーキングスペースとシェアオフィスの違い」というテーマでコワーキング界隈の一部が盛り上がっていたようです。

ことの発端はフジテレビのホウドウキョクというニュースサイトで厚切りジェイソン氏の「厚切りX」内で、「コワーキングスペース」をテーマにした回のこと(ライバルがいても大丈夫。大企業もこれからは「コワーキング」の時代
ゲストに三井不動産の法人向けシェアオフィス「WORKSTYLING」を手がける川路武氏が出演し、番組の冒頭、厚切りジェイソン氏が「コワーキングとシェアオフィスはどう違うんですか?」と質問したところ、「明確な定義はない」と回答したのが、コワーキングに関わる一部の方々の琴線に触れた、もとい逆鱗に触れたからだと思います。

まあわたしもそうですが、「単なるシェアオフィスとコワーキングスペースは違うよ。こちとら『コワーキング』であることに誇りを持ってるんでい、てやんでぃ」という心持ちでコワーキングスペースを運営しているわけですから、反応をした人にとっては「シェアオフィスなんかと一緒にしないでよ」ということなのでしょう。

とはいえ個人的な見解としてはコワーキングスペースというものが多様化しているなかで、こういうものがコワーキングでこういうものがシェアオフィスという明確な区分がないというのもある意味事実なのかと思います。

番組の限られた時間の中で「視聴者に端的に説明する」にあたり、口をついて出た言葉が「明確な定義はない」ということであれば、それもそれでひとつの回答ではないかと、コワーキング界の日和見担当のわたくしとしては思うわけです。
記事では割愛されていますが、動画を見ると厚切りジェイソン氏による「ないんかい!」という丁寧なツッコミがあり、その後の番組の流れと「コワーキングってはじめてきいた」という視聴者を考慮したうえでの、いわゆる「お約束」のやりとりとして成り立っているかなと思います。
要は「コワーキングスペースとシェアオフィスの違いって曖昧」ということが言いたいというよりは「違いが小さくなってきたよね」とか(そもそもコワーキングという言葉を知らない人に対する)「大体一緒なので知らなかった人も安心してね」というメッセージかもしれないのです。

ニュースサイトの番組でそこまで考慮されていたかは別ですが、ここで言いたいのは、この発言に対し「勉強不足」というほどの発言かというと、その後の発言を見ればそうではないということが分かります。
三井不動産といえば従来「Clipニホンバシ」と柏の葉キャンパスの「KOIL」のふたつのコワーキングスペースを運営していて、単なるシェアオフィスではなく、しっかりとコワーキングスペースとしてスペースづくりをしている企業です。
まったく知りませんでしたが、今では「31VENTURES」としてブランドを統一し、拠点も幕張、霞が関、神谷町と、コワーキングのみならず個室型のスペースも含め、おもに企業ユースを狙いにいく方針のようです。(このへん詳しい方、ぜひ教えていただきたいです)
出演した川路さんという方、とてもよくコワーキングやその周辺の事情を理解されていると感じました。(わたしはおそらくこの方との面識はないと思います)

三井不動産や(東京急行電鉄が運営する)NewWorkにとどまらず、企業ユースに対応するサービスも今後増えていくでしょう。
Co-Edoとしては既存のコワーキングスペースをネットワーク化する仕組みの構築を、一日も早く実現していかなくてはと、気がはやるばかりです。
(業務連絡:あの話いそぎましょう)

さて、記事はもとより、ぜひ動画の方も、コワーキング界隈の住人は見たほうが良いかなと思うわけですが、今回は「コワーキングスペースとシェアオフィスの違い」に絞って、個人的な見解を語っていこうかなと思います。

というのも、外部の人からコワーキングについての記事があがると、(この件に限らず)一部のファイタータイプの方々による「間違ってる!とっても間違ってる!」という意見が上がったりするわけです。
しかしながら一方で、「コワーキングってこういうもの」とか「こういうコワーキングスペースが理想だよね」のように語られることって、(もうさんざん語り尽くしたからかもしれませんが)あまりに少ないなと思います。

年末恒例のアドベントカレンダーも、その多くがコワーキングスペースの運営者の記事になっていて、これでは健全なコワーキング文化の発展や継承には繋がらないのではないかと危惧していたところ、コワーキングスペース運営者の大先輩である大阪・十三のコワーキングスペース・JUSO Coworkingの深沢 幸治郎さんの記事を読みました。
コワーキングスペースとシェアオフィスの違い – Suikolog

とてもよくコワーキングスペースとシェアオフィスの違いがまとまっているので、コワーキングスペース界隈の方はぜひご覧いただき、そしてご自身の考えるコワーキングスペースとシェアオフィスの違いをブログに書いていくと良いのではないでしょうか。(それぞれ少しずつ考えていることは違うと思いますので)

読みながら気づいたのですが、じつはわたくし、大きな声では言えませんが「コワーキングスペースとシェアオフィスの違い」ってあまり考えたことがないのです。
なんとなく違いはあるし、声を大にして「全然別物!」という意見を発信されている方々の意見にも概ね異論はないのですが、一方で「明確な違いも以前ほどではなくなってきている」と思うのです。

定義としては深沢さんの記事のほうが近いと思うのでそちらをご覧いただくとしまして、ここでは、あえて別の主張をしていきたいと思います。

まず前提として「シェアオフィス」っていう言葉っていつくらいにどう生まれたのでしょう?

Wikipediaのシェアードオフィスのページには「複数社で同じオフィスを共有するオフィスを指す」とあり、また「レンタルオフィスなどもこれにあたる」とあります。
シェアオフィスというワードはレンタルオフィスを含むわけですから、関係性としては、コワーキングスペースも含むといっても良いでしょう。

では、シェアオフィスと区分されるコワーキングスペースとは何かというと、ざっくりいって「コミュニティ機能が存在していて、利用者同士が交流可能なシェアオフィス」といえるかもしれません。

コワーキングスペース運営者が意識するとよいとされる2つの要素「コミュニティ要素」「ワークスペースとしての利便性の要素」(CW理論)の「コミュニティ要素」の有無がコワーキングスペースであるのか、単なるワークスペースなのかの分岐点だと思います。

ここで疑問となるのが
  • オープンスペースか個室・ブース席の違い
  • 月額会員契約が必要かドロップインで利用が可能か
といったW要素の違いで、コワーキングスペースとその他のシェアオフィスを分類できるかという点ですが、これがなかなか難しいというのが正直なところでしょう。

コワーキングスペースで月額会員にほぼ限定しているオオサカンスペースCONTENTZのようなスペースもありますし、最近ではドロップインを受け入れている(オープンスペースを有する)レンタルオフィスも増えてきています。

となるとやはり「コミュニティ要素の有無」がコワーキングスペースか否かを分け隔てるのでしょうか?

しかししかし。

これはこれで難しいと思います。
コミュニティなんてものは、主宰側が望むと望まないとにかかわらず生まれたりしますし、スペース運営者が「ここはコワーキングスペースだよ。えっへん!」と言っていても、(極端な話)だれも利用しなければコミュニティなんて生まれようがありません。
イベントをやっていればよいかというとそういうわけでもないでしょうし、レンタルオフィスでも会員同士が繋がり合い、結果としてコミュニティを有し、そのコミュニティに魅力のあるレンタルオフィスだってあるでしょう。

境はどんどん不明確になってきているのです。
もはや「コワーキングスペースをやっていると思って運営しているかどうか」という違いで分類してしまって良いのではないかと(乱暴)

それでもあなたは思うかもしれない。
「だってコワーキングとレンタルオフィスはそもそも別物。コワーキングは働き方のことだもの」と。
いやいやコワーキングという語句にはスペース(空間)という意味を含んでいるという意見もあります。
WikipediaのCoworkingのページには「Coworking is a style of work that involves a shared working environment, often an office, and independent activity.」「Coworking is not only about the physical place, but about establishing the coworking community first.」ということで、しっかりとオフィスとの記載もあります。
海外のコワーキング事情に詳しい方のなかには「コワーキングスペースを指して」あえてコワーキングという言い方をするかたもいらっしゃいます。
(わたしはカタカナでコワーキングと書くときは大抵「働き方」の意味で使い、空間を表すときは冗長かもしれませんが「コワーキングスペース」と記述しています)

さあだんだん分からなくなってきました(笑)
(こういう物議を醸すような問題提議が大好きです。真面目に捉えられると困りますが)

ここでコワーキング界の重鎮ともいえる佐谷さんの2011年8月の投稿をみてみましょう。


2011年8月の時点ですでにこのような発言です。まさにコワーキング文化を日本に根づかせたイノベーターですね。

佐谷さんは2012年に出版した『つながりの仕事術~「コワーキング」を始めよう』において、シェアオフィスとコワーキングスペースに求めるものの違いから、いろんなひとに出会え、気軽に話ができ、場合によっては共同プロジェクトが生まれるようなことがコワーキングスペースの魅力の中心であると書かれています。

たしかにその意味ではレンタルオフィスにオープンスペースをつくっただけで、「コワーキングスペースでござい」と言い張るようなところはコワーキングスペースではありません。

昨今の「(コワーキングスペースと)言ったもの勝ち」みたいな風潮が、以前よりコワーキングの文化について考えている方々にとっては、とてももやもやする状況であり、それゆえ「ほんの少し語気を荒げた」発言に繋がるのではないかというのは想像に難くありません。

もちろんわたしも人生で初めて訪れたコワーキングスペースでのひととひとが繋がっていく体験が、リアルなSNSをVR的に体験したかのような、他では味わえない貴重な体験として記憶しているからこそ、自分でもそのようなスペースを作りたいということで、必死にCo-Edoを運営しているわけです。
ありがたいことに多くのコミュニティに利用していただいていますし、Co-Edoがほかのコワーキングスペースに与えた有形無形の影響というのもあるのではないかと思います。

代名詞のようになりましたコワーキングスペースの世代論も、記事の末尾で書いたように、この先どのように多様化したとしても(わたしや)「あなたが理想とするスペースが中心になっていると良い」という思いで書いています。

多様化していくコワーキングスペース事情を見つつ、とはいえ決して「どこそこはコワーキングスペースではない」というような言い方もせず、助成金のために(強引に)コワーキングスペースを名乗るようなところも否定せず、書きました。

「多少間違った使い方でも」コワーキングスペースという単語自体が一般化されていくことに(今でも)一定の価値があると思います。
その一方でまた「どうしても間違った使い方をされてしまうもの」でもあると思います。

コワーキングスペースが多様化していく理由として、コワーキングというものが非常に曖昧なものというのがあり、また、曖昧なものであるから、わたしやあなたを惹きつけるのではないかとも思ったりします。
以前はよく、コワーキングスペースを作りたいという方の話を聞くと、「他にはないコワーキングスペースをつくりたい」という言い方をするひとがたくさんいました。
そうやってみんなが(それぞれ)「他にはない魅力」を追い求めたからこそ、コワーキングという文化は良い発展してきた面もあるのではないかと思います。

個人的なイメージでは、コワーキングというものは、時代に合わせて、多少形を変えながら、発展していくものなのです。
たとえば仮にコワーキングスペースの定義に「オープンスペースであり個室をもたないもの」というのがあったとすると、恐らく、今のように「働き方改革」などとあわせて国が助成金の予算をつけるようなことは無かったでしょう(東京都が実施する「インキュベーション施設整備・運営費補助事業」ではコワーキングスペースを作ることが要件に該当すると明記されていますが、個室を有することが受給条件となっています)

わたしはコワーキングという文化が生みだすメリットを享受できるのであれば、Co-Edoが5年後いまのかたちをしている必要はないと思っています。
昨年のフロア拡張時には、貸会議室に近いフロアを作りましたが、これは「現状の勉強会利用者が既存の設備では足りてない」ためにその不満を解消するという面とともに、「貸会議室による収入を『コワーキングスペースの価値向上』に回せるのではないかという仮説」もあって今の形にしました。

ホウドウキョクの動画でもセキュリティ面を考慮した設備のニーズについても触れられています。
Co-EdoにはWPA2-EnterpriseというWifi面のセキュリティはあっても、個室という意味でのセキュリティは、現状ではまかなえていません。
W要素もコワーキングスペースとしての重要な要素である以上、利用者が望むのであれば、今後は個室やそれに準ずる設備というのは必要になってくるかもしれません。
(Co-Edoはいまのところそこに手を付けるフェーズにいないのでできませんが)

では、「多少間違った使い方」で「コワーキングスペース」という言葉が使われてしまった場合に、わたしたちができることは何でしょうか。

ひとつはやはり情報発信なのではないかと思います。
しっかりと、ひとりひとりが、それぞれの「コワーキングスペース」というものの定義や理想を発信していくことで、自ずと(わたしや)「あなたが理想とするスペースが中心になっていく」と思います。

また、運営者としてわたしができることは、他のコワーキングスペースの運営者から恥ずかしくない「コワーキングスペース茅場町 Co-Edo」を築いていくことです。
「コワーキングスペースに関わる人が物心両面で豊かになるように支援する」という理念を実現するよう(まだ道半ばですが)日々努力していきたいと思います。
最近発信ができていないことに少しだけ反省しつつ、まあぼちぼちと、楽しみながら、今後もやっていこうと心を新たにしました。

今月中旬に久しぶりにCo-Edo交流会をやります。
今回は夏季休暇中にスタッフをやってくれている大学生のスタッフが中心に企画してくれています。

良いコミュニティをつくり、それを維持していくのはとってもとっても大変ですが、コワーキングスペース運営者の皆さん、引き続きいっしょにコワーキング文化の発展のためにも、頑張っていきましょう!
どうぞよろしくお願いします m(_ _)m

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